レーザー輸送系

 超低速ミュオンは電子とミュオンの束縛状態であるミュオニウムを波長122.09 nmと355 nmのコヒーレント光(レーザー)で共鳴イオン化することで得られます(超低速ミュオン輸送系のページを参照)。 122.09 nmの光はミュオニウムを1S→2Pと励起させるライマンα光で、大気に吸収されるため真空中を伝搬させないといけない真空紫外光です。レーザーは一般に波長が短い方が難しく、ライマンα光の発生も非線形媒質や光学窓の制限があり、長波長に比べて難しいですが、私たちはクリプトンガス中で2光子共鳴四波混合を行う事で発生させています。一方、加速器は年間数千時間稼働し、これに同期させたレーザーが必要となるため、ビームラインのレーザーは実験室のレーザーと比べ長時間のモニターが重要です。

図1:レーザー輸送用のチェンバー。レーザーは真空内でステアリングされる。

 

図2:一酸化窒素ガスセル。真空紫外光のみに感受率を持つ行平板型電離箱。

 ライマンα光の強度測定では、一酸化窒素(NO)ガスセル・蛍光板・シリコンフォトダイオード(Si-PD)などコヒーレントの強度・プロファイルを確認できるデバイスを整備しました。NOガスセルはこれまでのミュオン施設でライマンα光の強度測定に使われていましたが、図面や仕様情報が散逸していたため、文献調査やイギリスの理研RAL施設ミュオンビームラインの見学などを通して情報収集を行うと共に、電場計算・ガスの毒性調査を行い、Uライン用のセルを製作・設置し取扱いマニュアルや最大事故想定を整備しました。

 

 NOガスセルは、受光面が大きく、数週間以上の長時間測定に耐えるというビームラインに設置するのに適した特徴がありますが、ガスの毒性のため設置場所を動かすのは容易ではありません。NOガスセルはライマンα光を吸収してしまうので、レーザーがミュオニウム生成標的チェンバーを通ったあとに設置されます。従って、ミュオニウム生成標的が真空調整中の時には、NOガスセルによる測定ができません。この問題に対し、サリチル酸ナトリウム塗布の蛍光板を調達しました。この蛍光板紫外から真空紫外に感度を持ち、青色の蛍光を発します。石英板を置くだけなので設置場所が自在であり、目視確認が可能なため電気的なディテクタノイズ等に煩わされずにおおまかな強度と2次元プロファイルを把握することができるという利点があります。蛍光板によりライマンα光の発生確認・プロファイル確認は著しく容易になり、コミッショニング中の問題の切り分け・トラブル解決に役立っています。

図3: サリチル酸ナトリウムの蛍光板。青く見えているのがライマンα光による発光。

 

図4: 真空紫外用のシリコンフォトダイオード。真空チェンバー内に設置される。

 NOガスセルはライマンα光の絶対強度の評価が難しいという欠点もあります。理想的には光子一つにより分子1つがイオン化するため計算することはできますが、ディテクタの個性がどのくらいあるかは評価が必要です。この問題は蛍光板においても同じです。この問題に対し担当の技術職員は、トレーサビリティを確保し測定の信頼性を向上させるためSi-PDを調達し真空内のマウントと配線を整備しました。真空紫外光用のSi-PDは窓がなく細線ワイヤーがむき出しで触れると断線するため、取扱いには注意が必要です。このSi-PDはNIST校正済みのものを入手可能なため、トレーサブルで信頼性の高い測定をすることができます。一方で、真空紫外から赤外に至るまで感受率があるため、大きな背景光があるとそのゆらぎにまぎれてライマンα光の強度が見えなくなってしまいます。この問題に対して、前述のレーザー輸送用チェンバーに真空紫外光を他の光から分離する機能を持たせることで対処しました。この測定により、タングステン標的近くでのライマンα光強度が3.6 μJに達していることが明らかになり、非線形媒質での変換効率が世界最高であることを示すことができました[3]。しかし、レーザーの条件によっては背景光が多く測定しづらい事も徐々にわかってきたので対策を検討中です。また、真空紫外光により格子欠陥などが生じやすく数時間~数十時間の測定で有意に感受率が下がると言われており、NIST校正済みのものは著しく高価という欠点もあります。これらの問題に対し、NOガスセルとSi-PDを組み合わせて強度測定を行う長時間モニターの方法を提案しています。担当の技術職員は、KEK内での競争的資金である物構研研究助成を獲得し、Si-PDの感受率を比較するための真空チェンバーを設計製作しました。この感受率比較チェンバーについては、光源の重水素ランプの設置方法を改良中のため現在調整中です。  担当の技術職員はその他業務として、ライマンα光波長調整用の近赤外光の光パラメトリック過程の検討や、パルスレーザー堆積装置のレーザーの調整、四重極質量分析器による放出ガス測定、高校生等の実習受入、茨城大学量子線科学専攻での講義などを行っています。

 
(担当:中村惇平)

 

 

参考文献

[1] “Transport of Coherent VUV Radiation to Muon U-line for Ultra Slow Muon Microscope” J. Nakamura, Y. Oishi, N. Saito, K. Miyazaki, K. Yokoyama, K. Okamura, S. Makimura, Y. Miyake, T. Nagatomo, P. Strasser, Y. Ikedo, D. Tomono, K. Shimomura, S. Wada, N. Kawamura, A. Koda, K. Nishiyama, JPS Conf. Proc. 2, 010108, (2014).
[2] “Optimal crossed overlap of coherent vacuum ultraviolet radiation and thermal muonium emission for μSR with the Ultra Slow Muon” J. Nakamura, Y. Oishi, N. Saito, K. Miyazaki, K. Okamura, W. Higemoto, Y. Ikedo, K. M. Kojima, P. Strasser, T. Nagatomo, S. Makimura, Y. Miyake, N. Kawamura, K. Yokoyama, D. Tomono, K. Shimomura, S. Wada, A. Koda, Y. Kobayashi, H. Fujimori, R. Kadono, and K. Nishiyama, J. Phys.: Conf. Ser. 551, 012066, (2014).
[3] “High-efficiency generation of pulsed Lyman-α radiation by resonant laser wave mixing in low pressure Kr-Ar mixture” Norihito Saito, Yu Oishi, Koji Miyazaki, Kotaro Okamura, Jumpei Nakamura, Oleg A. Louchev, Masahiko Iwasaki, and Satoshi Wada, Opt. Express, 24, 7 (2016) 007566.

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