陽子ビーム・ミュオンビーム輸送系 |
J-PARCに建設された直径150mの陽子シンクロトロン(RCS)から出射された30億電子ボルトの陽子ビームは、中性子やミュオンを発生させて実験を行う物質生命科学研究施設(MLF)と500億電子ボルトまで加速する直径500mのメインリング(MR)へと分岐されます。RCSの出射点からMLFに至る約320mのビーム輸送ラインを3NBT(3GeV to Neutron Beam Transport line)といい、この輸送ライン上にはビームを水平または垂直方向に曲げる偏向電磁石9台、ビームを収束させる四極電磁石55台、およびビーム軌道のずれを補正するステアリング電磁石44台の合計108台の電磁石が設置されています。これらの電磁石は3次元磁場解析を基盤とした詳細設計によって、電磁石および磁極形状にはさまざまな工夫が施され、広い範囲で均一な磁場が出せるように最適化されました。また、3NBT下流のミュオン標的近傍では粒子の散乱や二次粒子の生成等により高い放射線が発生するため、放射線に対して高い耐久性があり、故障した時の交換が遠隔で行える構造を持つ電磁石が設計製作されました。
J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)において、1MWの大強度運転に向けた水銀ターゲットのピッティング損傷軽減対策が必要となり、非線形オプティクスによるターゲット位置でのビーム平坦化が課題となりました。ビーム平坦化を実現するためには八極電磁石(Octupole)を製作し既存のビームラインに挿入する必要があり、ビームダイナミクスの評価から強磁場勾配(800T/m3)と設置スペースの制約から小型化が求められました。
加速器(RCS)から出射されたダブルパルスの陽子ビーム(3GeV, 25Hz)はビーム輸送ライン(3NBT)によって導かれグラファイト標的に衝突しダブルパルスのミュオン粒子(ダブルパスミュオン)を発生させ、ダブルパスミュオンは二次ライン(崩壊ミュオンライン)を経由して二つの実験エリア(D1およびD2)に導かれ実験に供されます。シングルパルスビームの要求および効率的なビーム供給を実現するため、ダブルパルスミュオンを二つのシングルパルスに分別し二つの実験エリアへ同時にビームを供給するキッカーシステムが導入されました。現在、検出器に及ぼすノイズの影響を抑えるため、キッカーノイズの低減対策を行っています。
ミュオンビームは偏向電磁石(Dipole)によって方向を変え、Tripletと呼ばれる3連の四重極電磁石によって収束発散を繰り返しながら実験エリアまで導かれます。これは光学でいう凸レンズと凹レンズの組み合わせによって焦点距離を制御するのに良く似ています。DipoleとTripletはビーム軌道計算に基づく磁場の一様性を満足させるため、3次元電磁場プログラムを用いた詳細設計によって、磁極、ヨーク、シム、コイル形状、エンドガード(field clamp)等に様々な工夫が施されています。
また、低運動量から高運動量のビームを扱う崩壊ミュオンライン(D-line)においては、3MeV/cから120MeV/c(将来的には250MeV/c)のミュオン粒子を輸送するため、ダイナミックレンジによる電流安定度が要求され、定格電流の1%まで100ppmの安定電流を供給できる電源が製作されました。
(担当:藤森寛)