超低速ミュオン輸送系

❀❀❀ 超低速ミュオンとは ❀❀❀

 従来、加速器施設で物性実験等に使用されているミュオンビームは、運動エネルギーが高く、ほぼ単色(4 MeV)です。これに対し、超低速ミュオンビームは、低エネルギーで数eVから100 keVくらいまでその運動エネルギーを変化させることができます。またビームサイズも直径1 mm以下(従来のビームの約1/100)まで小さくすることができます。この超低速ミュオンビームを利用することで、これまで測定対象となりえなかった薄膜や界面をもつ物質、微小結晶等を試料とした実験を行うことができます。
 超低速ミュオンの生成法は、従来のミュオンビームを高温のタングステン箔の表面近傍に止め、表面から熱エネルギーで放出されるミュオニウム(正ミュオンと電子が結合した水素状原子)をレーザー共鳴イオン化により、電子をはぎ取り、熱エネルギー(~0.3 eV)の正ミュオンとして取り出します。この超低速ミュオンを静電場で加速・収束し、実験試料まで輸送し、エネルギー調整をして試料に打ち込むことにより、表面や界面の情報を調べます。

 

 超低速ミュオンビームラインは、J-PARC(大強度陽子加速器実験施設)のMLF(物質・生命科学実験施設)にあり、MLFにある4本のミュオンビームラインの内のUラインと呼ばれるビームラインの下流に設置されています。Uラインも含めて超低速ミュオンビームラインは2012年に建設が始まり、2016年にJ-PARCで初めて超低速ミュオンの生成を確認しました。現在、近々のビーム供与を目指して、ビーム調整を行っています。

 

MLF第二実験ホールの概略図

 当初は、ミュオンビームのシミュレーションから始まり、輸送用電磁石の電磁設計、機械設計を行い、実際にビームラインを構築する設置作業を行いました。この際、電力・冷却水・圧縮空気等のインフラ整備も合わせて行いました。Uライン及び超低速ミュオンビームラインには様々な技術が使用されています。Uラインは、陽子ビームライン上に置かれたミュオン生成標的から生成するミュオンを効率よく捕獲し、実験ホールまで輸送します。この輸送用電磁石には超伝導電磁石が使用されているため、極低温(~4 K)まで冷却する冷凍技術が必要です。また、ミュオンビーム中の不純物として、同運動量の陽電子が含まれていますが、これを取り除くため±400 kVを印可できる静電セパレータが設置されています。超低速ミュオンビームラインでは、生成用のレーザーシステムの運用や、試料として薄膜等を取り扱うため、超高真空に保つ必要があります。すべてのビームラインコンポーネント、電磁石、電磁石電源、真空ポンプ、バルブ等を制御・監視するためのシステムの構築・運用の技術も必要です。このように極低温、超伝導、高電圧、レーザー、超高真空、制御等様々な技術を合わせてビームラインの運用・保守などを行っています。
 今後は、超低速ミュオンビームラインの下流にさらに加速するための加速器を設置し、世界で初めてミュオンの波としての性質を利用して、物質等の観察を行う透過型ミュオン顕微鏡の計画が推進されています。

超低速ミュオンは運動エネルギーが可変であるので、試料に打ち込んだとき、深さ方向の止める位置を走査することができる。この止まった位置での物性測定が可能であるので、表面下からバルクまでの情報が得られる。

 

透過型ミュオン顕微鏡では電子顕微鏡と比べて透過力が高いため生きたままの細胞などをそのままの状態で測定することができる。

 
(担当:池戸豊)